K-1 WORLD GRAND PRIXの歴代王者を眺めると、ある事実に気づきます。優勝者の多くがオランダ出身であるということです。ピーター・アーツ、アーネスト・ホースト、レミー・ボンヤスキー、セーム・シュルト――この4人だけで、合計14回ものK-1 GP制覇を誇ります。なぜオランダはこれほどまでに強かったのでしょうか。
オランダ式キックボクシングの強さ
オランダは、キックボクシングの一大強豪国です。パンチのボクシング技術と、ムエタイ由来のローキック・膝・蹴りを融合させた実戦的なスタイルが根付いており、層の厚いジム文化のなかから次々と世界的な選手が育ちました。攻防のバランスに優れた「オランダ式」は、無差別級トーナメントというK-1の舞台と相性が良かったのです。
アーツとホースト ― 90年代の二枚看板
黄金期の前半を支えたのが、ハイキックのアーツとローキックのホーストでした。一撃必殺の豪快さで魅せるアーツと、精密さで盤石に勝つホースト。対照的なスタイルを持つ二人は何度も拳を交え、そのたびにファンを熱狂させました。1994〜2002年の王者の座は、ほぼこの二人とアンディ・フグら少数の強豪によって争われたのです。
ボンヤスキーとシュルト ― 2000年代の支配者
世代交代が進んだ2000年代半ば、新たなオランダ王者が登場します。空中殺法と華麗なステップで「フライング・ジェントルマン」と呼ばれたボンヤスキーは、2003・2004年を連覇し2008年にも返り咲きました。そして213cmの巨体で距離を完全支配したシュルトは、2005年から3連覇という前人未到の偉業を達成。2009年も加えて通算4度の王者となり、黄金期の終盤を圧倒的な強さで締めくくりました。
例外としてのアンディ・フグ、そしてマーク・ハント
オランダ勢が支配するなかで、強烈な個性を放ったのがスイスの空手家アンディ・フグ(1996年王者)と、ニュージーランドのマーク・ハント(2001年王者)でした。異なる出自とスタイルを持つ彼らがオランダ勢の牙城に風穴を開けたことも、K-1のトーナメントをより一層スリリングなものにしました。